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CEO INTERVIEW
お客様の課題は何か
大川運輸は地域密着型の
共同配送を進めて
地域社会に貢献します
代表取締役
代表取締役会長の華藤 曜氏が大川運輸を始める以前、昭和46年11月に初代社長の大川さんが有限会社大川を起業したのが現在の始まりです。
華藤 曜氏は元々はいすゞ自動車の営業マンでした。いすゞ自動車お客様の大川さんから「事業継承」の相談を受け、運送会社を引き継いでくれる方を探していましたがうまくいかず、華藤 曜氏が急遽事業を引き継ぐことになりました。
昭和55年2月に華藤 曜氏が有限会社大川運輸の代表取締役に就任しました。千葉県新港の伊藤忠飼料株式会社の一室を借りて事務所にしていました。運んでいたのは家畜用飼料です。
就任1年後の昭和56年には、保有トラックを10軸に増車。昭和59年には20軸に増車し、家畜用飼料以外に加工食品等も運ぶように仕事が増えていきました。昭和63年には伊藤忠飼料株式会社が茨城県移転に伴い、飼料運搬業務を継続するため現在の小見川営業所が誕生します。
上昇景気の波に乗るかのように、華藤 曜氏はトラックを更に昭和63年にはトラックを30軸に増車しました。
そして平成7年に新社屋を建てるまでに成長していました。代表取締役となってから15年後です。
現在までの3拠点の営業所、取引先の開拓、共同配送の形としたのは、先代社長の曜氏の大きい功績です。
現在の代表取締役華藤 公義氏は高校卒業後に大学には行かずに、いろいろとチャレンジをしたいと考えていた。しかし曜氏からは「働かない者を養う余裕は無い」という理由から、大川運輸の取引先でもあった建築資材の企業に入社する事となりました。15年後には大川運輸に就職することが条件で社会人となりました。仕事の仕方や人間関係をこの会社で多く学び、平成17年4月34歳で大川運輸に入社となりました。
入社後1年はトラックドライバー、倉庫管理、営業職として活躍し、日々業務を遂行し、平成20年4月には取締役に就任となりました。
公義氏は物事を合理的に考える面があります。例えば、若松物流センターのB棟の20mの長い下屋は公義氏の発案。雨天においても影響の出ない全天候型の倉庫にしないと、作業ロスが出ると考えて実行しました。結果悪天候でも商品を濡らさずに作業が出来るスペースが確保されました。若松物流センターのA棟も同様に考えられ下屋を後から増設されました。
また、小見川営業所では、以前は福島県近くの農場まで資材運搬を行っていましたが、費用対効果で考えた時に値上げができないなら止めた方が良いと決断し、遠方過ぎる場所までの運送は止めました。お金だけの話しでは無く、雪が降る場所へドライバー1名を派遣する事にリスクがあると判断したからです。
共同配送する仕組みの中に、運ぶ商品をパレットにまとめて置き誤配送を防ぐバースがあります。発注伝票を一定時間中にまとめ、その伝票の束からバースを作る現在のオペレーションを考えたのも公義氏です。
運送会社の営業先はどこに行くのでしょうか? メーカーや問屋等でしょうか? 公義氏に尋ねると意外な答えが帰って来ました。
「与えられた仕事を日々しっかりとこなす。頼まれた事をキッチリ行う。そうすると周りの方から新たな仕事が回ってきます」大川運輸の仕事はこの言葉に代表されると思います。
実際にお客様からは、「運送品質があまり良く無いから良い運送会社知っている?」という声が上がると「大川運輸」さんが良いよと言ってくれる方々が増えているそうです。
「信は万事の基をなす」は公義氏の好きな座右の銘。信頼や信用がすべての基礎であるという意味の言葉です。
先代の曜氏が何も無い場所を開拓し、現在の形の元を作り、公義氏が日々業務をしっかりできるように、改善や変革を起こして現在の大川運輸になりました。
これからも世の中の変化が多々あると思いますが、大川運輸の仕事をキッチリこなすという姿勢は変わらないと思います。大川運輸は本日も「誠意をもって」運んでいます。